写真と年表は、2002年4月26日(柳川年表)と同年6月28日(三橋年表)、8月30日(大和年表)付『有明新報』に掲載した内容を編集し転載しています。懐かしい写真を可能な限り採用いたしましたので歴史愛好家の方だけではなく、一般の方も歴史をお楽しみください。

柳川のあゆみ(歴史年表&歴史写真)
 写真は、昭和堂書店の和田耕平氏が所蔵する『柳川の水と人』と題したアルバムに掲載されている。アルバム最後に「昭和33年頃の写真」と手書きで書かれている。 ▼撮影は、京町から辻町交差点方向を撮った京町通りのもので、左手に市庁舎の門が写っている。当時、市庁舎は小道具町にあった。それは、市制施行当時から現庁舎のできる1977年(昭和52年)頃までのこと。現在、この市役所跡地は商店街駐車場になってる。 ▼役所の門の隣は現在の雑貨屋「あの子とママ」。写真の『福岡相互銀行』は現在の『モードコガ』、右手奥に見えるドーム型の屋根をしたビルは『シンドウ時計』で、現在も同じ場所にある。その隣が、写真解説をお願いした『野口めがね』で現在も同じ場所にある。ドーム型ビルの奥のビルは『金京デパート』。その正面に柳川警察署があったと、野口義雄氏に語っていただいた。
【鎌倉】

1185 平家の落武者六騎が沖端に到着


【室町】

1501

〜1503 この頃、現在の日吉神社付近に豪族蒲池治久が蒲池城支城を築く


【桃山】

1587 立花宗茂、柳川城主となる(1600年まで)


【江戸】

1601 三州岡崎城主の田中吉政、掘割を開削、五層の天守閣など構築に着手

1620 立花宗茂、柳川城に再封

1697 立花鑑虎、御花を建設


【明治】

1868 立花鑑寛、柳川藩知事になる

1871 廃藩置県により立花藩は柳川県となり、同年、柳川・三池・久留米県を合併し三潴県となる

1872 柳川郵便局開設

    柳川城大火災

1876 三潴県を廃止、福岡県と合併

    柳川警察署開設

1879 柳川電信局開設

1885 北原白秋、沖端に誕生

1889 新町の他、29村町が合併して柳川町となる

1898 郵便局と電信局が合併、柳川郵便電信局開設。1903年柳川郵便局に改称

1908 公衆電話事務開始

    この年より、1910年にかけて御花・松濤園を改築、現在の姿となる

1909 柳川軌道株式会社、柳川→矢部川間で運行開始

1910 九州電灯鉄道株式会社、(現、九電)柳川出張所開設

    沖端魚市場開設


【大正】

1914 三潴軌道、柳川→大川間運行開始


【昭和】
 市内『野口めがね』の野口義雄氏が撮影・所蔵する写真。今は見かけることがなくなった「汲水場(くんば)」で洗い物をする女性の姿。昔は、掘割の水を朝汲んで瓶に入れ飲み水などの生活用水として利用していた。この写真は、柳川のイメージを代表する写真のひとつといえるだろう。撮影場所は、沖端で『御花 殿の蔵』そばの沖端橋から撮影したもの。年代不明だが、昭和初期頃と考えられる。

1931 国鉄佐賀線、矢部川駅→筑後柳川駅間開通

1932 柳川・三潴の両軌道、廃止

1942 北原白秋、57歳で没

1947 山門商工会議所設立(のちの柳川商工会議所)

1951 城内・西宮永・東宮永・沖端・両開村と柳川町が合併し柳川町となる

1952 柳川市制施行

    川を生かした観光名物作りのため市がカッパ舟1隻、清掃舟1隻建造

1954 東宮永、両開地区上水道通水開始

1955 三潴郡昭代・蒲池村を合併

    商工会議所がドンコ舟5隻を建造、川下り遊覧を始める

1956 山門商工会議所を柳川商工会議所と改称

1957 県立柳川病院開院

1964 柳川市、三橋町合併合同研究協議会を設置

1969 北原白秋生家復元工事、落成

1971 市民会館開館

1975 筑後中部魚市場開場

1976 国道208号線柳川バイパス開通

1977 現在の市庁舎開庁

1980 柳川市合併促進委員会が発足

1981 県有明水産試験場完成

1982 一市二町合併民間団体協議会発足

    市民体育館開館

    柳川市・三橋町・大和町合併協議会設置

1984 三橋町と合併協議会設置

1985 蒲池・昭代・柳川市・福岡大和町・皿垣開農協が合併して柳川農協に

    県立柳川古文書館開館

    白秋記念館開館

1986 水辺の散歩道が建設省「日本の道100選」に入る

1987 国鉄佐賀線廃線

    学童農園『むつごろうランド』全面開園


【平成】

1994 『矢留うぶすな館』落成

1995 『柳川雛祭り さげもんめぐり』初開催

    柳川市は国土庁「水の郷」に選定

1996 『ソーラーボート大会』初開催

2005 三橋町・大和町と合併


三橋町のあゆみ(歴史年表&歴史写真)
写真は、三柱神社入口の青銅製の鳥居。昭和18年(1943)に戦争のために供出されたもので、写真は供出前の鳥居。昭和60年(1985)に再築された。手前に写っているのは現在も残っている欄干橋。橋の柱頭に見える青銅製の擬宝珠(ぎぼし)は、鳥居より古い時代の1599年に鋳造されたもの。鳥居と共に供出されたが、かろうじて4つだけは戦禍をまぬがれた。それは現在の橋の四隅に使用されており、指定は受けていないものの文化財クラスの貴重な擬宝珠といわれている。
[鎌倉]

1194 慶弁が金銅板の両界曼陀羅(現、国重要文化財)を作らせる。曼陀羅は清楽寺にあったとされるが、現在は、上野の国立博物館にある。清楽寺は、現在の中山地区にある法正院と比定される。


[江戸]

1716

 〜1735 この頃、上方の通称「蔓さん」が熊野神社に中山の藤を植える

1826 柳川藩主の立花鑑賢が三柱神社を建立


[明治]

1886 中山集落の東北端に立花家農事試験場(別名、中山農場)開設

写真は、中山集落にあった立花家農事試験場。

1907 川辺、川北、垂見、宮の内の4村が合併、三橋村に

1909 柳河軌道株式会社が柳川→矢部川間で営業開始。現在の町域の3カ所に停車していた

1910 三橋村に電灯点灯


[大正]

1914 柳川船津→大川間に三潴軌道開通

1920 立花家農事試験場を改め、立花農場に改称


[昭和]
写真は昭和7年(1932)の三橋町商家の結納風景。

1931 国鉄佐賀線、矢部川→筑後柳川間に開通。町域では、三橋・筑後柳川・百町駅があった

1937 西鉄大牟田線開通

1950 前庁舎が村役場として完成

1952 三橋村が三橋町に

2点の写真は、昭和25年(1950)に完成した前庁舎で、当時は、村役場として建てられた。右写真は裏から、左写真は表から見たもの。現在の庁舎は、平成3年(1991)に完成した。

1963 三橋町商工会が設立

1973 今古賀風流、県無形文化財に指定

1975 柳川沖の石太鼓復活

1976 今古賀に現在の柳川警察署庁舎が完成

    下百町出身の園田勇氏がモントリオールオリンピックで柔道中量級金メダル

1977 中山の大藤、県天然記念物指定

1978 今古賀に現在の福岡県柳川総合庁舎完成

1979 老人福祉センター完成

    三橋町商工会館が完成

1980 西鉄柳川駅改築

    三橋町中央公民館が完成

1986 第1回まつりみつはし開催

1987 国鉄佐賀線廃止


[平成]

1989 三橋町農業協同組合と柳川農業協同組合が合併

1991 三橋町庁舎完成

1993 町民テニスコートが完成

    デイサービスセンター『あいの里』が完成

1996 『YOU・遊の森公園』完成

1999 三橋町総合保健福祉センター『サンブリッジ』開館

    三橋町簡易水道給水開始

2002 柳川市と三橋町、一部、下水道供用開始

2005 柳川市・大和町と合併「柳川市」となる




大和町のあゆみ(歴史年表&歴史写真)
※『大和町史』より抜粋・編集。年表監修:九州共立大学講師 半田隆夫氏

町域は約半分が干拓地で、その歴史は干拓の歴史といっても過言ではない。その象徴ともいえるのが「慶長の本土居」。江戸時代の海岸線に当たる。筑後国藩主の田中吉政が慶長12年(1607年)に完成させた。大川から渡瀬までの全長32キロにおよび、町域では、塩塚川に架かる御返橋から皿垣小学校、矢部川河岸の中島二重を通っている。写真は、昭和59年(1984)に皿垣小学校屋上から撮影された慶長本土居。中央を蛇行する道がそれで、現在は完全に失われた部分。

【弥生】

3世紀 この頃から鷹尾の枇杷園に弥生後期〜中世の生活の跡


【飛鳥】

690 この頃、山門郡が山門・大神・大江・草壁・鷹尾の5郷に。大和町一帯は鷹尾郷


【平安】

869 鷹尾神社が創建

1173 この頃、鷹尾神社は高良別宮と呼ばれる


【鎌倉】

1213 鷹尾神社が全焼

1219 焼失した鷹尾神社復興


【室町】

1548 田尻親種が鷹尾村に鷹尾城を築城


【江戸】
田中吉政公
1607 田中吉政が「慶長本土居」を完成

1615 田中忠政は鷹尾城・福島城・黒木城を壊す

1638 鷹尾村は鷹尾・泰仙寺の2村に

    幕命により「筑間川」を「筑後川」と改称

1645 津留村が西津留と東津留に分かれる

1673 田尻開完成。

    この頃までに甲木開・宇土開・由布開完成

1693 黒崎開完成

1730 皿垣村に江越八幡宮勧請

1781 主計開(かずえびらき)・伝蔵開完成

1822 塩塚久吉(のちの横綱雲龍)が誕生

1842 塩塚久吉(20歳)は相撲の修行を始める

1854 雲龍は小結に昇進

1858 雲龍は大関に昇進

1861 雲龍は10代目横綱の免許を受ける

1862 皿垣開完成

1865 雲龍久吉が引退、年寄追手風を名乗る


【明治】

1876 町域22ヵ村合併、徳益・豊原・塩塚・六合・鷹ノ尾・栄・明野・皿垣開・中島の9ヵ村に四十丁郵便局が豊原に開局

1889 9ヵ村合併、塩塚・鷹尾・有明3ヵ村に

1890 雲龍死去

大和町大字皿垣開字甲木にあったわら葺き屋根の雲龍の生家。6帖と8帖間に、3坪のカマド、7坪の土間などがあった。昭和40年代前半に解体された。 雲龍型の創始者ともいわれている雲龍、本名、塩塚久吉は江戸時代の文政5年(1822年)9月、現在の大和町大字皿垣開字甲木に誕生。早くから両親と祖父母を亡くした久吉は、弟3人を養うという苦労をした。もともと人並みはずれた体力の持ち主だった久吉は、20歳の頃から相撲の修行を始め、5年後には江戸相撲の初土俵で4勝1分の好成績をおさめ、嘉永5年(1852年)には新入幕、初優勝の快気を果たす。そして、1861年、40歳で横綱となった。

1907 3ヵ村合併、大和村が誕生

1908 村役場完成。この庁舎は、現在の庁舎が完成するまでは町庁舎としても利用された

1911 八女・山門郡の一部に初めて電灯がともる


【大正】

1916 東上町に中島郵便局開局

1917 中島に劇場「大和座」完成

1922 大和堰が竣工。永田開完成

1924 有明海の海苔養殖事業を中島で行う

1925 永田開が大和村に編入、大字永田開に


【昭和】

1929 皿垣駐在所設置。村内に電話が開通

    町域の秋祭りが10月20日に統一

1930 農繁期の託児所が開設

1933 鷹尾神社が県社に昇格。谷垣開完成

1934 大和村最初のブラジル移民が渡航

1936 乗合自動車が大川、中島、大牟田間を走る

1937 豊原郵便局、開設

1938 九州鉄道株式会社(現、西鉄)が中島駅まで開通

昭和13年(1938)に開通したばかりの九州鉄道(現、西鉄)中島駅。

1948 中島商工会と大和村・皿垣開農業協同組合発足

1949 有明・皿垣・中島・山門羽瀬・大和の漁業協同組合発足

1950 公民館設置。農林省九州農業試験場設置

1951 第1回成人祭開催。有明海人工島完成

1952 大和村が大和町に

    町で海苔の本格養殖が始まる

写真は、明治41年(1908年)に村役場として建築された庁舎で、昭和27年の町制施行後は町役場として利用された。看板には「大和町役場」とある。

1954 第1回産業祭開催。簡易水道の開始

    町内の秋祭り一斉施行に

1955 福岡県共済農業協同組合連合会が設立

1957 大和町文化祭開催。上水道事業が開始

    中島郵便局が大徳商店街に移転

1958 国営大和干拓着工

1959 皿垣開農協有線放送開始。町公民館が完成

1963 小浅商事・ニコニコのりが本町に進出

1966 町庁舎完成。大和干拓潮止工事完成

1968 麦の刈り入れにコンバインが登場

    九州電力大和変電所が完成

1969 国営大和干拓が完成。旧町庁舎解体。

1970 町に田植え機械登場

    大森屋福岡工場が豊原に進出

1972 中島にプラスチック漁船が登場

1975 大和町体育協会発足

1978 B&G海洋センター開所

1979 有明総合グラウンド開場

1980 町中央公民館落成。山川有峰苑稼働、大和町文化協会発足、第1回町文化祭開催

    大和町沖の有明海陥没問題が発生

1981 広域合併調査研究特別委員会を設置

    県の有明水産試験場が完成

1983 海苔まつり開催、全国の生産者集う

1984 皿垣開農協が有線放送廃止

    合併問題は時期尚早と決議。筑後大堰完成

    県道拡幅工事で鷹尾神社が後方へ移転

1985 全町の水道整備完了

    大和町・柳川市の5農協合併、柳川農協に

1986 漁村センター開館。町でいちじく栽培開始

    中島郵便局が国道208号沿いに移転

1987 南筑後農業共済組合開始

    大牟田市と山門・三池郡5町の農業共済組合合併

    大和町に日本大相撲が来る

1988 昭和62年度の海苔販売額が史上最高記録

    中央公民館『大和町むかしばなし』発行


【平成】

1989 柳川・三橋農協合併、柳川農協に

    第1回町民まつり開催。役場庁舎改築

1990 大牟田、柳川、大和などの市外局番0944に統一

1992 町で無人ヘリによる農薬散布導入

    大和町老人福祉センター開館

1993 『大和町史』編纂開始。雲龍の郷が開館

1995 『親子で学ぶ大和町の歴史』を発刊

    大和町ふれあい自然の家開館

    ロックウール栽培法の長ナス栽培始まる

1996 大和干拓塩塚川河口に灯台が設置

    大和高田漁連、水産荷さばき施設完成

    商工会、ホームページ開設

1997 老人福祉施設の敬和苑開館

    三井石炭鉱業三池鉱業所が閉山

    柳川消防署の新庁舎が完成

1999 鷹尾神社大宮司家文書が国重要文化財に

   『大和町史』資料編発行

2000 水利組合が合併し、大和町水利組合設立

2001 『大和町史』通史編発行

2005 柳川市・三橋町と合併「柳川市」となる

*郷土の歴史年表と歴史写真*